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迫る東京オリンピック!今こそ、あの「パクリ疑惑」のモヤモヤを解消する(4)

他にもパクリ疑惑が

前回のまでの記事では、

ドビ氏に❝パクリ疑惑❞をかけられた東京オリンピックエンブレムが、

商標権・著作権の両面で、問題なかったことを見てきた。

 

騒動はこのまま治まるかと思われたが、想定外のところから問題が浮上する。

サントリー・トートバッグ問題だ。

サントリーが「オールフリー」という飲料のキャンペーンを実施し、

プレゼントのトートバッグのデザインを佐野氏が担当していた。

全30種類のデザインが用意されていたが、そのうち複数のデザインに対して

「パクリだ!」という指摘がネット上で噴出したのだ。

 

今回の記事では、前回の復習もかねて、「著作権的にパクリか?パクリじゃないか?」

を判断する基準を完全に身に付けよう。

 

水着のイラスト 

指摘を受けたデザインは多数あるが、ここでは2点を取り上げる。

これが佐野氏のデザイン。

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そしてこれが、❝ネタ元❞だと言われるジェフ・マクフェトリッジ氏の作品。

Tシャツのデザインだそうだ。

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さあ、これは「著作権侵害」だろうか?

判断してほしい。

 

著作権侵害を判断

著作権侵害か?」を判断するためのポイントはすでに述べた。

以下の3つの条件だ。

 

1.そもそも自分の作品が「著作物」である。

2.相手が自分の作品を見た上で制作した。

3.自分の作品と相手の作品が似ている。

 

この3つの条件の全てを満たさなければ、著作権侵害にはならない。

 

まず1つ目の条件。

マクフェトリッジ氏の作品は「著作物」と言えるものだろうか?

おそらく「Yes」と言えるだろう。

たしかにTシャツのデザインなので、純粋な芸術作品とは言えないかもしれない。

しかし、脱力感のある独特の構図・タッチで、

リラックスした雰囲気を個性的に表現している。

十分に著作物と言えると思う。

(実際に、Tシャツのデザインを著作物だと認めた裁判もある)

 

2つ目の条件である「佐野氏がこの作品を見た上で制作したか?」については、

後に佐野氏側のスタッフが他のデザインからトレース(描き写し)したことを認めているので、これも「Yes」だ。

 

そうなると、

3つ目の条件「マクフェトリッジ氏の作品と佐野氏の作品が似ているか?」が

最大のポイントになる。

 

この2つの作品、たしかに共通する箇所は多い。

 ・水に浮かぶ人物と影がメインになっていること。

 ・人物の胴体、左足の形。

 ・塗りつぶしの絵筆のタッチ。

 

一方で異なる箇所も多い。

 ・水着の形と色。

 ・人物の髪型と色。

 ・人物の両手、右足のポーズ。

 ・人物と影との距離。

 ・魚の存在。

 ・背景の色。

 

こういった場合、どう判断したら良いだろうか?

 

参考になる裁判がある。

「マンション読本事件」(大阪地裁2009年3月26日)だ。

まずは次のイラストを見てほしい。

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左が「独り暮らしをつくる100」という書籍のイラスト。

右が不動産会社がマンション購入希望者に配った

「マンション読本」という冊子のイラスト。

左のイラストの作者が、右のイラストを「著作権侵害だ!」と言って訴えた事件だ。

そしてこの事件では、裁判になる前の時点で被告側が

「あなたのイラストを無断で参考にして描いてしまいました。ごめんなさい」

と既に謝ってしまっている。

❝たまたま似てしまった❞ということではないのだ。

それでも、裁判官は「著作権侵害ではない」と判断した。

判断の理由としては

「たしかに体のポーズの描き方は似ている。

 でもそれは、人物をイラスト化するときに普通にみんなやることですよね。

 それに、顔の表情はだいぶ違いますよね」

というものだった。

 

もう一度、マクフェトリッジ氏の作品と佐野氏の作品に戻ろう。

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どうだろうか?

この2つの作品は、本当の意味で「似ている」だろうか?

両作品に共通するポイントは、「アイディア」にすぎないことであったり、

「人物をイラスト化するときに普通にみんなやること」ばかりではないだろうか。

著作権侵害と言えるための3つの条件のうち3つ目の答えは「No」。

このトートバッグのデザインは、著作権侵害にならないだろう。

 

「BEACH」の看板

トートバッグについて、もう一点取り上げよう。

 

これが佐野氏のデザイン。

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そしてこれが、ベン・ザラコー氏のデザイン。

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矢印の看板部分を切り抜いて貼り付けただけのものだと言われている。

「さすがにこれはアウトでしょ!」と多くの人が感じたと思う。

 

しかし、少しだけ待ってほしい。

前回の記事で書いたように、

「純粋な気持ち」や直感だけでは著作権の戦いに勝てないのだ。

 

直感だけで判断するよりも、まずは著作権侵害の3つの条件をチェックしよう。

1.そもそも自分の作品が「著作物」である。

2.相手が自分の作品を見た上で制作した。

3.自分の作品と相手の作品が似ている。

 

このうち2つ目の条件については、

佐野氏側がトレースを認めているので問題なく当てはまるだろう。

しかし、1つ目の条件についてはどうか?

「矢印の形」は著作物だろうか?

「BEACHという文字」は著作物だろうか?

「赤色」は著作物だろうか?

ザラコー氏がデザインした後は、

誰も「BEACHと書かれた赤い矢印の看板」をデザインできないのだろうか?

そんなことはないだろう。

ザラコー氏のデザインが著作物だったとしても、

3つ目の条件「(本当の意味で)似ているのか?」についても、

ザラコー氏のデザインの中の個性が発揮された部分はコピーしていない。

ありふれた要素の部分しかコピーしていない。と言えないだろか?

 

もちろん、文字の配置、矢印全体のバランス、色のかすれ具合などに、

ザラコー氏の個性が表現されているので「著作物だ」と判断することもできるし、

その個性が表れた部分をコピーしているので、「著作権侵害だ」と判断される可能性は十分にある。

実際に裁判になっていれば、佐野氏側に不利な戦いになっただろう。

しかしここで強調したいのは、佐野氏側にも十分に反論出来る材料があること。

そして、直感的に「これはアウトだ」と思えるものであっても、

それほど「シロ/クロ」はっきり付けられるものではなく、

「グレー」なものが多いということだ。

 

サントリー・トートバッグ問題」では、今回挙げた二つのデザイン以外にも、

複数のデザインに対して「パクリだ!」という指摘があった。

その中には「どう考えてもシロ(著作権侵害じゃない)」というものから、

「シロに近いグレー」、「クロに近いグレー」まで様々なものがあった。

しかし、「著作権侵害だ」と即座に断言できるものは無かったのだ。

 

今後、あなたが著作権侵害を判断することになったときは、

直感だけに従わず、3つの条件で考えてほしい。

今回の事例で考え方は身についたはずだ。

 

マナー違反では?

ここまでは、佐野氏のデザインが法的に問題だったかどうかを検証した。

しかし、たとえ法的に問題なかったとしても、

人のデザインをトレースする行為は、

デザイナーとしてのモラル、マナーに反しているという主張もあるだろう。

そして、その主張は確かにその通りである。

この問題に対して、佐野氏はどう対応したのか?を見ていこう。

 

8月13日、サントリーは、

問題が指摘されていたトートバッグの使用を中止すると発表した。

佐野氏からの申し出を受けての発表だったという。

 

8月14日、佐野氏は自身のホームページで謝罪文を公開した。

内容をまとめると以下のようなものだ。

「トートバッグのデザインは複数のデザイナーと共同で制作した」

「社内調査の結果、第三者のデザインをトレースしたものがあったと判明した」

「そんなことは想像すらしていなかった」

「法的問題以前に、決してあってはならないことだ」

「管理不行き届き、教育不十分であり、代表として責任を痛感している」

「権利主張する方から連絡があれば、誠実に対応する」

「なお、東京オリンピックエンブレムは自分一人で制作したものであり、

 模倣は一切していない」

 

この謝罪文について、あなたはどう感じるだろうか?

ネット上では「スタッフのせいにしている!」という声もあったが、

自身で責任を負う姿勢を明確にしていると思える。

著作権的な問題とは別に、モラル、マナーの問題としても認識した上で

「あってはならないことだ」と断じている。

十分な内容ではないだろうか?

 

しかし、この騒ぎが起きてからは、「エンブレムはパクリか?」という問題ではなく、

「佐野というデザイナーは信頼できる人物なのか?」という疑惑の方が、

ネット上のメインテーマになってしまう。

そして「佐野はエンブレムを取り下げるべきだ!」という声が大きくなっていく。

 

私は聞きたい。

オリンピックのエンブレムをデザインするのにふさわしい人物とは、

どんな人物なのか?

清廉潔白で、部下や仲間を完璧に「管理」し、

過去の全ての作品において一点の曇りもない人物でないといけないのか?

そんな完璧な人間はこの世界にいるのか?

そんな完璧な(そして多分、デザイナーとして面白みのない)人間が、

人の心に強く訴えるデザインを作ることができるのか?

そんなことはない!

少しぐらい過去にミスをやらかしたぐらいの人物が、ちょうど良いじゃないか!

と私は思う。

オリンピックのエンブレムを作る人は、

管理能力の高いロボットのような人間ではなく、

デザイナーとしての確かな腕前と、

大会への暑苦しいほどの情熱をもった人物であって欲しい。

最初の会見で佐野氏はこう述べている。

「オリンピックのシンボルを作るのが夢だった」

「選手の皆さんにも練習して成果を残そうと思われる存在にしたかった」

「1964年の東京オリンピックのマークを承継したいという思いを込めた」

こう語る佐野氏には、十分にその資格があると思う。

 

次の記事では、エンブレムに対して「パクリだ!」と言っていたドビ氏が、

ついに法的手段をとったことと、

それに対する大会組織委員会の動きについて見ていこう。

 

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